山崎君と一緒祭
1話 ~土方さんと一緒~ 4609字
朝ご飯を片付けた後、洗濯や掃除を済ませて部屋に戻ってくると、
机の上に一通の文が置いてあった。
どうやらわたし宛てに文を送るのが屯所内で流行っているらしい。
些細なそんな遊びがなんだか可愛くて、
届く度に思わず笑みが漏れてしまう。
今日は誰からだろう。
「雪村千鶴殿」
勢いのある綺麗で調った字は土方さんのものだ。
胸を少しはずませながら開いて読み始めるけれど、
わたしの目はたった数行で止まってしまった。
飛び込んでくるその内容に息がとまる。
数日前、山崎さんからの文で知った、風間さんによる度々の屯所襲撃。
その時の忠告通り、夜は出歩かずにおとなしくしていた。
おかげで何事もなく過ごせている、
―そう思っていたのに。
「…うそ」
再び目にするその語句。
【屯所】【襲撃】【風間】さんの名、
そして、
【山崎】【負傷】
そういえば今朝も昨日も、山崎さんに会ってない。
いつも律儀に「おいしかった」と言ってくれる声を
聞いていない。
いつの間に走り出したんだろう、
気付いたときには、その人の部屋へたどり着いていた。
「山崎さんっ!」
開け放たれた障子の前から呼び掛けると、
文机に向かっていた山崎さんがすでに顔をあげていた。
「雪村くん。何かあったのか。」
いつもはきっちり揃っている着物の襟が大きく緩められていて、
真っ白な包帯が覗いている。
「や、山崎さんが、怪我をされたと伺って…!」
「あぁ…そのことか。なぜ君がそれを?…ん…」
訝しげに一瞬眉をひそめてから、
「それは、土方副長か…」
わたしが握りしめていた文に目をとめると、
ふっと息をついて筆をおいた。
「見ての通り、たいしたことはない。」
「本当ですか?」
「あぁ。」
頷くいつもと同じ表情に、とりあえずほっと息をはく。
「起きていても大丈夫なんですか。」
「怪我をしたからといって、そう何日も休んでいるわけにもいかないからな。」
と山崎さんは苦笑を浮かべるけれど、
再び筆をとった途端、
「…ぅ」
と顔をしかめる。
脇腹をかばうように身を曲げる姿に、たまらず駆け寄った。
力の抜けた手から筆をとって肩をささえる。
「横になっていなくては駄目です!」
「大丈夫だ…、筆を返してくれ」
「返しません。山崎さん、本当は無理しているんじゃないですか?」
土方さんからの文には【命に別状はない】と書いてあったけれど、
本当にたいしたことのない傷なら、
そもそもそんな言葉は出てこないはずなんだから。
山崎さんはわたしの言葉に一瞬詰まったけれど、
すぐに筆を奪い返す。
「君には関わりのないことだ。」
「…関わりなんてあってもなくても、それこそ関係ありません。」
呆気ないほど簡単に、それをまた取り上げる。
そして、文机から硯も一緒におろしてしまうと、
苛立った声とともに腕を掴まれた。
「放っておいてくれ…!」
「できません!」
そのこめかみに浮かぶ脂汗を目にして、
怪我人とわかっているのに大声をあげてしまう。
しばらくお互いに間近で睨みあっていると、
廊下からダンダンと勢いのいい足音が近づいてきて、
「さっきから何を騒いでいやがんだ、お前らは。」
渋面の土方さんが顔をのぞかせた。
「…副長」
「…土方さん」
言い合いで紅潮したわたしたちの顔と、畳に置いたままだった文を目にして、
土方さんは事情を察したらしい。
「山崎、もう起き上がっても大丈夫なのか。」
その問いに、山崎さんがちらりとわたしに目を向けた。
【もう】と言うことはしばらく伏せっていたということだ。
「はい。副長にまでご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません。」
「嘘をつくんじゃねぇ。」
返答をぴしゃりと両断すると、
土方さんはいきなり山崎さんの襟を掴んで左右に開いた。
「ふ、副長…っ」
「…ふん、やっぱりじゃねぇか。おい千鶴、悪いが蒲団を敷いてくれ。」
包帯に滲んでいる赤い色を見て、わたしは慌てて立ち上がった。
土方さんが溜息をつく。
「傷が塞がるまで動くなと、松本先生に言われてんじゃなかったのか。」
「書き物程度なら動かずにも出来ます。」
「動くなってのは起き上がるなってことだろうが。
傷口開いて血流してる奴が偉そうなこと言うんじゃねぇ。」
「…申し訳ありません」
「あぁもう、謝れっつってんじゃねぇよ。いいからお前は横になってろ、いいな。」
「しかし、」
「反論は受け付けねぇ。これは副長命令だ。」
そこまで言われて山崎さんは口をつぐむ。
そして何度か畳の上に視線を行き来させてから、
「副長、一つ伺ってももよろしいでしょうか。」
と顔を上げた。
「なんだ、まだ文句でもあるのか。」
「そうではありませんが、どうして彼女にまで連絡を。」
「その必要があったからだ。なんだ、なんかまずかったのか」
「…あまり不必要な情報を与えるのはどうかと思っただけです。
ですが、副長の判断に異を唱えるつもりはありません。」
差し出がましいことを言ってすみませんでした、と小さくなった山崎さんに、
土方さんが苦笑した。
「風間の目的はこいつだからな。子細を知る権利はあるだろう。」
「ですが、俺の怪我は俺自身が未熟だったせいです。彼女は関係ありません。」
「土方さん、あの」
床の用意を終えたわたしがそこで口を出した。
「関係あろうとなかろうと、わたしには多少医学の知識があります。
山崎さんの代わりはできませんが、せめて役立てて下さい。それと、」
促すように首をかしげる土方さんに、頭を深く下げた。
「教えて下さってありがとうございました。」
何かを量るようにわたしを数秒見つめてから土方さんは、
「よしわかった」
と言って立ちあがった。
「怪我が治るまでお前に山崎の世話を任せる。」
「副長っ!」
わたしが頷くのを制止するように、山崎さんが先に声をあげる。
「俺の看護など不要です!」
「五月蠅ぇ。お前にさっさと治ってもらわなきゃこっちが困るんだよ。
仕事は山ほどあるんだからな」
そう言われて山崎さんは言葉をなくす。
その顔を満足げに見てから、
土方さんはわたしの頭をぽんと叩いた。
「頼んだぞ。」
…あ、もしかして土方さん…
ふ、と笑ったその顔に、
きっと最初からそのつもりで教えてくれたのだと気がつく。
「はい!」
思わず触れた土方さんの優しさに温かくなった胸を張りながら、
わたしは今度こそ大きく頷いた。
*
「雪村君、君ももう部屋へ戻ってくれ。」
土方さんが部屋を出ていくと、
山崎さんはわたしを振り返った。
「できません。土方さんに申しつかりましたから。」
「それはわかっている。」
そう、敷かれた蒲団へおとなしくむかう。
「副長の命では仕方ない。だから俺はこれから横になるつもりだ。
看護の必要はない。」
と言いながらも蒲団の上に座ったきり、
わたしが立ち上がるのをじっと待っている。
力ない手を脇腹に添えながら、
視線だけは鋭い山崎さんの顔をそらさずにじっと見返すと、
やがてたじろぐように逸らされた。
「…」
ものすごく、あやしい。
確かに今の山崎さんの看護といっても限度がある。
寝てれば治るというわけじゃないけれど、
無理をすれば悪化するものだ。
ちょうど今さっき、傷口が開いてしまったみたいに。
「山崎さん、あの、」
つまり土方さんがわたしに言ったのは、
【無茶をしないように見張っていろ】ということだ。
山崎さんがそんなことをわからないはずがない。
それなのにこの態度は、つまり。
「あの、わたしを追いだそうとしていませんか。」
「………そんなことはない。」
やっぱり図星だったらしい。
「寝ているようにって言われたからって、まさか、」
土方さんに言われた事に背くはずがないその性格を考えて、
思いつきを口にする。
「お蒲団でお仕事なさるつもりじゃ、ないですよね?」
そんなまさかと思っていたのに、
「俺は、横になっていろと言われただけだからな。」
返ってきた言葉に溜息をつく。
「それは屁理屈です。」
「違う。事実だ。」
「どうしてそんなに頑固なんですか。」
「頑固なのは君の方だろう。」
「山崎さんが安静にしていて下されば何も言いません。」
「だから俺には看護など不要だと言っている。」
「わたしのせいで怪我なされたのに、知らない振りなんてできま…」
「何度も言うが」
わたしの言葉をさえぎって、
一言ずつ、区切るように、はっきりと告げられる。
「俺が怪我を負ったのは、俺が力不足だったからであって、
君にはなんの関わりもない。」
「どうして…!」
さっきから何度も繰り返されるその拒絶に、
思わず声が高ぶった。
「心配くらい、させてくれたっていいじゃないですか…!」
彼らの仲間には入れないとわかってはいても、
【関係がない】と言われるのは辛かった。
「わたしは隊士じゃないですけど、少しくらい負わせてください!」
「負わなくていい、と言っている。君は無理をするからな。」
「…え?」
わたしとは対称的なその淡々とした口調で告げられた言葉に、
呆けて顔を上げる。
「何か起きると君は自分を責め、こうして必要以上に心配をするだろう。」
そこに待っていた表情に、
膝の上で握っていた拳がほどけていった。
「だから、君には知られたくなかった。」
今回、最初に注意を促してくれたのは山崎さんだ。
全力で守ってくれると、だから安心してくれと、
当然のように言ってくれた。
たった一つだけ告げずに。
「…でも…っ、でも、もう知ってしまいましたし、…それに、」
解けた拳を、またきゅっと握りしめる。
「…それでもやっぱり、隠さないでほしかった、です。」
山崎さん、怒ってるんです、わたし。
「ずるいです、山崎さん、わたし、お手伝いしますって約束したのに」
怒ってるから、こんなに心臓が早いし、
「あぁ。頼んだ俺がそれを無碍にするような振舞いをしていては仕方ないな。」
怒ってるから、なんだか鼻の奥がつんとしてくるし、
「…そうですよ。」
怒ってるから、言いたいことの半分も言えないし、
―そのうえ、
「そうだな。すまなかった。…それと、」
怒ってるのに、頬が熱くて何も考えられなくなるんです、
「…ありがとう。」
そんな優しい顔するから。
…ずるいです、山崎さん。
「…無理をしないように、程々に、頑張ります。」
うつむいて告げた言葉に、
「よろしく頼む」
と山崎さんが言ってくれた。
ちらりと見上げたその頬が、少しだけ染まってるように見えた。
―気のせいじゃないと、いいな。
ちちち、と外から聞こえる鳥の声を耳にしながら、
どうしてか、そう思っていた。
*
「山崎君のあんな顔、初めて見たなぁ。」
廊下を自室へと戻っていた土方は、
外をのんびり歩いている沖田を見て眉をひそめた。
「ふらふらしてねぇでお前も寝てろ、総司。」
清々とした表情を浮かべながら側に寄ってくる沖田に気づいて、
庭にいた小鳥が、ちちち、と鳴きながら飛んでいった。
「いやですよ。せっかくうるさい見張りがいなくなったのに。
これでしばらくは僕ものんびりできるかな。」
「甘いな」
「どうしてですか。」
「山崎が動けねぇからこそ、お前を放っとかねえのがいるだろうが。」
「…うわ、そうでした。山崎君の代わりとか言ってすごくはりきりそう、あの子。」
いやだなぁ、と首を掻きながら、
沖田は山崎の部屋へと再び目を向けた。
「わかったらさっさと部屋へ戻れ。」
その視線を追うように、
土方も出てきたばかりの場所を振り返る。
「似てんだよ、あいつらは。てめぇより他人の世話ばっか焼くところがな。」
そっと蒲団に横になる山崎と、それを助ける千鶴の姿に、
先程の二人を思い出しながら、
…まるで痴話喧嘩だな、と苦笑した。
障子が空いたままのその部屋に、真昼の日差しが優しく差し込んでいる。
end
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文云云の件の元ネタはオトモバにて配信されていたキャラメールです。
…あれ?これネタバレになるのか!! すいませ…
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